こころを平らにする

『ただ聞くだけ』って難しい。
けれども、とても大切なこと。最近の気づきの一つです。

これは、70代男性との外来診療中の会話です。
「○○さん、調子はどうですか。」
「体調はまずまずですね。食欲はありますし、散歩も毎日30分くらいしていますからね。」

「それは素晴らしいですね。」
「ところで先生、先生のご専門ではないとは思うのですが、相談したいことがあって。よろしいですか。」

「もちろん、いいですよ。」
「ご存じかと思いますが、今、抗がん剤治療をしているのです。最初に使った薬は半年で効かなくなって、その次の薬も半年で副作用が出てダメになって、今は、その次の薬に変えて2回点滴が終わったところなのです。幸い副作用もなくて、日常生活は普段通りに過ごせているのですが、これから副作用が出てくるかもしれないし、いずれは薬が効かなくなるとも言われているし、どうしたらいいのか考えてしまっているのです。」

(私はこの話を聞きながら、本人の表情や、声の質、そして家族の様子などから、返答を考えているようです。これを書きながら気づきました。)実は、人間の思考のスピードはとても速く、会話の途中でも、その先まで予想してしまうものなのですね。皆さんも思い当たることってありませんか。(「それってこうだよね。」なんて言いながら、相手の会話の先を話してしまうことなど。)私も、患者さんがどのように考えて次の話をしていくか、今まで診療してきた同じような状況の患者さんを思い出しながら予想しているのですね。そして、ある程度、判断しながら会話を進めているのです。例えば、質問に対して「同意するのがいいのか」「反対するのがいいのか」、それとも「専門的な意見がよいのか」「他の患者さんの話をするのが良いのか」「具体的な選択を提示する方がよいのか」など、こうやって文章にすると、選択肢は無限にありそうに思えてきます。

このとき、私はこのように答えたように覚えています。
「○○さん、今後のこと、どうしたらいいのか考えているのですね。他の患者さんも、抗がん剤治療をしていると、このまま続けてよいのか、それとも止めてみてもよいのか、考えることがよくあるようです。いつまで続けるのか決まっていないことが多いですからね。これは私の考えですけれども、○○さんが、痛くなく、つらくなく(精神的にも)過ごせることが一番かなと思います。体が痛かったり、だるかったりしたら、いろんなことができませんからね。」

ここまで話したところで、患者さんの返答を待ちました。そして、おそらくこのように話されるのだろうと思っていました。
(「先生、わかりました。自分の体調が一番ですよね。そうだとしたら抗がん剤治療を一旦止めることも考えてみようかなと思います。」)

ところが、
「先生、わかりました。頑張ってもう少し治療を受けてみようと思います。自分はまだやれると思います。」
と返事が返ってきました。

これには多少、面喰いました。なぜなら、私は治療を続けるように励ましたつもりはなかったのですから。

おもわず、「いやいや、そんな無理をしなくてもいいのですよ。」
と言いそうになってしまいましたが、患者さんは本心からそのように話している様子でしたので、「よしっ、頑張りましょう。」と声を掛けたのを覚えています。

もしかすると患者さんは、相談前から気持ちが決まっていたのかもしれませんし、何か私の言葉以外の部分(表情やしぐさなど)から応援のメッセージを受け取って、そのように決心したのかもしれません。ただ、いずれにせよ、今回のことで私は、自分の経験からの判断を少し過信していたように思い直しました。もちろん、経験が多いことは、いわゆる引き出しが多いことであって、その患者さんに応じた対応ができる、とも言えます。一方で、その患者さんがすでに答えを持っているのだとしたら(患者さんの中にあるとしたら)、それは外から見えるものではなく、患者さん自身に気づいてもらう(引き出してもらう)ものなのかもしれません。

私の役割は、時に患者さんの発する言葉をジャッジせずに丁寧に聞くだけでよくて、その答えは患者さん自身が私と話をしながら見つけ出すように思うのです。これが、話を聞くことの本質なのかもしれませんね。

私にとって、その秘訣は、『こころを平らにする』 という感覚なのです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。